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今日は、おばあちゃん(お母さんのお母さん)の命日でした。
ワタシが3歳のときに亡くなりました。

2ヶ月の間、お母さんは看病で、秋田と名古屋を行ったりきたり。ずいぶん留守のときもありました。
毛がぼそぼそになっちゃったよ。

お葬式で、みんながいなくて、大好きな名古屋のおばあちゃんが来てくれたけど、お散歩リードを持つ手にヴゥ~ッて唸って、庭の隅に隠れちゃいました。。
ご飯も食べる気がしなかったし、ウンチは、3日分我慢したんだよ。
だってワタシはお家を守らなくてはならないからね。

ワタシは会ったことがありませんが、どんな人だったのかな。
お母さんに似ていたのかな。

4659.jpg

桜が咲き始めました。
母は、73才で亡くなりました。
一月末に、風邪をこじらせ、脱水が進み、脳に障害がおきてしまいました。
直前までは、全く元気で旅行をしていたくらいですから、信じられませんでした。

記憶の障害、平衡感覚の乱れ、認知症のような症状にもなり、泊り込んでの介護となりました。
なによりも、すべての事に意欲を失い、放っておくと食事もしようとしないのです。
別人のようになってしまった母が信じられなくて、悲しくて、

体温調節中枢もやられたのでしょう。発熱を繰り返すため、私がいったん名古屋に戻る前日、ようやくたった一度入浴が許されました。
何度も「あー、気持ちがいいねー」と言っていたのを思い出します。

リハビリなどである程度体力も回復し
病院から介護施設へ移ることになり、その準備のために私がまた秋田へ行ったその日に、
再び脳に大きな梗塞を起こし、そのまま意識を取り戻すことはありませんでした。

長年茶道をたしなみ、教えておりましたが、
今思えば晩年、特に、父を亡くしてからは、のめりこむように、命を削るように、と言っても過言ではない取り組みようでした。

直前の旅行と言うのも、お家元の初釜に出るためでした。
3/28 の「利休忌」が済むのを待って亡くなったんだね、と言ってくださる方がいました。

その年の秋田の冬は、大荒れで春も遅く・・
名古屋に帰ってきたときには、桜は終わっていました。

年毎の「桜」を、もう少し見せたかったですが、好きなことに打ち込み、燃え尽きるように逝ってしまった母・・本望だったのではないでしょうか。

昨年7回忌が済み、ようやくこうして思い出を書いてみようかな、という気になりました。


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2007.03.29 22:34 | Comment(7) | Trackback(0) | 家族 | Edit
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2007.03.29 23:33 | | # [ 編集 ]
Title:管理人のみ閲覧できます
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2007.03.30 08:55 | | # [ 編集 ]
Title:桜満開
私は家族の不幸にあったことがないので、のん母さんと気持ちを合わせることは出来ませんが、
さっき、雨あがりの桜の下を、のん母かあさんとのん母さんを思い浮かべながら走ってきましたよ。
2007.03.30 12:01 | URL | ふくねこ #- [ 編集 ]
Title:
私の母も73歳です。
父が亡くなってからは、気力も根気もなくなったようで、
一時期はやっぱり放っておいたら、ご飯も面倒で食べなかったり・・・
ちょっと油断すると、肺炎を起こしたりと、心配は絶えないのですが、父の分も元気で長生きしてもらいたいです。
チョビが元気だった頃は、父と二人でよく神戸にも遊びに来てたのですが、ここ何年かは、誘っても「しんどいから・・」と、来てません。
なので、ポン太の事は写真でしかみた事がない母です。

のん母さん、秋田と名古屋はやっぱり遠いですよね・・・
その距離に歯がゆい思いをしたことでしょうね・・
2007.03.30 14:16 | URL | hobipon #9ydDFGBo [ 編集 ]
Title:
のん母さん、辛かったですね。
私の母も今73歳です。母はもう随分前からずっと闘病生活ですが、今生きてそばにいてくれる・・・。それがどんなに幸せなことか・・と思います。
大事にしなくちゃいけませんね。 
2007.03.30 20:36 | URL | ルル子ママ #ddFSDaLg [ 編集 ]
Title:
お母様とは良い関係だったのですね。
桜はいろんな思い出もその姿に宿す花なのだなぁと思ったりします。

うちは両親共に健在で一緒に商売をしているので
ケンカすることもしばしば、ある意味鬱陶しく思ったり‥、ねぇ。
将来、のん母さんのように思いやりのある心で、親を思い出す気持ちになるか
自信が持てません‥(汗)
2007.03.31 05:12 | URL | いけみ #a2H6GHBU [ 編集 ]
Title:
こんな繰り言にお付き合いいただき、暖かいコメントまでいただき、申し訳ありません。

>ふくねこさん
ありがとう
今日も走っているかな?
気持ちの整理がつけられるかな、って思ったの。

>chobiponさん
お母様、73歳ですか。
いつも何くれとなくお母様の様子を心配されているのが伝わってきますよ。
世の平均寿命というものからすると、うんと若いですよね。
そうですか、先にお父様を亡くされたんですね。
私の母は、父がなくなった直後こそ沈んでいましたが、後はむしろ精力的に活動し、お茶という生きがいがあるので、私も安心していたんですよ。
母の場合、意欲がなくなったのは、おそらく前頭葉にも損傷が起きてしまったからで、やりようがありませんでした。
名古屋に呼ぶことも真剣に考えましたよ。(もっとも、兄がおるので・・)
でも、まだ早かった気がするけれど、母は、母の人生を精一杯生きた、それには十分な年月であったのだろう・・今はそう思えてくるのです。

>ルル子ママさん
ルル子ママさんのお母様も73歳なんですね。
それぞれ、事情は違いますが、ママさんのお母様を思うお気持ち、伝わってきますよ。

私は、大学進学で家を出、そして遠くに嫁にいってしまいました。
うるさいことを言わない親でしたが、ずいぶんと心配をかけたのでは、と、今身にしみてわかります・・。

たった2ヶ月、短い看護でしたが、それなりに凝縮したものがあり・・
看護師さんたちには、「娘さんが来ると生き生きして、違うわねー」なくなったときにも「娘さんを待って、亡くなったんだよ。」と言われ、最後に少しは親孝行ができたかな、と都合のいいように考えております。

>いけみさん
日本の四季ははっきりしていて・・いろんな思い出をリンクしてしまいます。

7年も経っていますし、私は離れていますから、美しい部分だけを色濃く記憶しているような。
一緒の仕事をするというのは、大変と思います。
のん父さんなどは、毎日義父と大喧嘩ですよ。

2007.03.31 15:11 | URL | のん母 #nn2s4Z0M [ 編集 ]

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